ベットからは、フィルハーモニーやソニーセンターの
ライトアップされた夜景が見えた


夜の美術館は、ちょっと気になる。 ベルリンでは、現代美術館などが木曜日に夜22時までオープンなので、行ったことがあるけれど、できることなら閉館した後、こっそり入ってみたい。 大英博物館では、深夜ミイラが歩き回るんですよ、なんて、ガイドさんが言っていたけれど・・ そんな話も納得できるような、妙な異世界が、夜の美術館には広がっているような気がするのだ。

さて、というわけで。

昨晩、ベルリンの新ナショナルギャラリーというモダンアートの美術館に『泊まって』きた!
来月から始まる『ベルリン/東京』展のため、夜中まで美術館で働いている友達は、 『美術館に寝泊まり状態』と言ってたけれど、私は、ここで働いているわけではないし、泊まらざるをえない状況になったわけでもない。 あくまでも、自主的に。
会場の新ナショナルギャラリーは、MOMA展、ピカソ展などに続く、『メランコリー』展で、 毎日朝から長蛇の列が美術館を取り囲む大ヒットを出している。 噂によれば、敏腕キュレーター2名が企画や宣伝をどう打つか、等を画策しているらしいのだけれど、彼等が表立って活動を始めてから、 新ナショナルギャラリーに行列を見ない日はない、という感じ。キュレーターが変わるだけで、こんなに観客が増えるのか、ということを目の当たりにし、すごいなあ・・、と思う。
最近、新ナショナルギャラリーでは、おっ、行ってみようかな?と思うイベントが多い。展覧会じたいに興味がなくても、イベントに行ってみたい、と展覧会に足を運んでみたくなるのだ。
現在開催中のメランコリー展では、展覧会じたいは、フランスで企画されたものの巡回展なのだが、『サロン・ノワール』というイベントで会場が閉まる夜遅くに、コンサートやリーディング、映画上映等を行っている。
その『サロン・ノワール』の一貫として、昨日、新ナショナルギャラリー内に50台のベットを設置し、12時から始まる子守唄コンサートを聴きつつ寝て、 朝は、歌声でやさしく起こしてもらい、ホテル・グランドハイアットのケータリング朝食を食べる、という『B&B』が開催されたのだ。

作品に囲まれながら寝たわけではないのだが、バウハウスの3代目校長であり、建築家だったミース・ファン・デル・ローエの設計したガラス箱のような美術館内に、 まるでインスタレーションのように設置されたベットに眠る。
パジャマ姿で、ぺたぺたスリッパを履いて、カタログ売り場を抜け、トイレに行って歯を磨いていると、 なんだか、とってもわくわくしてきて、思わず、こおどり。

むか〜し、デパートに寝泊まりしている女の子の本を読んだ。よく覚えてないのだけれど、 誰もいなくなった静かなショーウィンドーの中で、スケートボードを走らせたり、ふっかふかの布団に寝たり・・・とても憧れた、その気持ちを、急に思い出す。
ぽつぽつと置かれたベットに、皆パジャマでごそごぞ潜り込む。ぺろっと人前でズボンを脱いで、パンツ1枚の人もいる。
アイマスクを準備して来てる人や、シャンペンを飲んでいる人も。
ちょっと隣の人と目配せしたりして、知らない人たちなのに、なんだかちょっと修学旅行のよう。


真夜中12時、まっしろなドレスを着た歌手のハイケ・シュミットさんと、チェロをかかえた、ティロ・トーマス・クリーガーさんがやってきた。
ベット横にはランプがあり、そのランプの傘部分には、子守唄の楽譜や、眠りに関する詩等が書かれている。
それを読んだり、歌ったりするたび、そのランプの灯をぱちり、と消す。
歌手とチェロ奏者の2人は、ベットとベットの間を走ったり、ベットの側に寝転んだり、合唱したり、踊ったり・・・あ、ね、眠い・・・。
最初は、そっとカメラで写真を撮ったりしていた人たちも、2時頃まで行われたコンサートも最後のランプが消される頃には、みんなぐっすり。
私も、最後のほうはもう記憶がない。最後のランプが消えるまで、見ようと思ったのに・・。とろ〜りと夢に入っていく、ここちよい落ち方だった。

夢を見た。アートな夢ではなかったが、夢の中で、ギャラリーにいた。物音で目をさましガラスばりの四角い建物と、 それをすかして見える、ソニーセンターの姿にあっ、ここ美術館だった・・。と思い出す。

むくんで目が開かないので、顔を洗いにトイレに降りて行くと、パンツ1枚のおにいちゃんが、展覧会のカタログをめくっている。 『おはようございます・・』『あっ、おはようございます』
パジャマ姿で、入り口まで行くと、びしっと制服姿の警備員が。『あ、えー・・おはようございます・・』なんか変。
奇妙なプライベート空間と公共の空間が混じりあっている感じだ。
9時に美術館が開館なので、朝はなんと6時から、目ざましコンサートがはじまった。昨日2時に眠ったので、皆、もーろーとしているようだ。
わりと大きな声で、夢をみましたか?とか、目ざまし時計、という歌を歌う横で、係員の人が、枕元に朝刊を配りつつ、声をかけている。
美術館内のベットの上で、珈琲を飲み、新聞を読んでいる人がいる。
外を早朝ジョギングしていたおじさんが、館内にふっと目をやって、ぎょっとしたように目をむいてこちらをみたので、 窓際のベットの人たちどうしで、顔を見合わせて笑ってしまった。

枕を座布団代わりにして、皆で丸くなって、紙バックに入ったホテル、グランドハイアットでの朝食を食べた。 クロワッサンとサンドイッチ、フルーツ。ぼそぼそ食べながら、隣の人と昨日眠れました〜?最後までコンサート見ました?と言葉を交わす。
この企画は、シャンソンを勉強した、歌手のハイケ・シュミットさんが『マイクを使わない、静かに聞いてもらうコンサートを開きたかった。 自分もベットにごろごろしているのが好きだったので、ベットに入って聞けるようなコンサートをしてみたら・・』と、思いついたそう。
色々別の場所で開催したい、と彼女は言っていたけれど、私としては、色々な美術館でみてみたい!作品の間で寝られたりできれば、もっと良いのに、と思った。
なんというか、アートを見る姿勢、自分の状態が違うので、作品のみえ方もきっと違ってくると思えたので。
実のところ、簡易ベットが辛くて、良く眠れず。帰宅してから、また昼まで寝てしまったけれど、 もし、またどこかで開催されることがあれば、ぜひ行ってみたい!次は、現代美術館の、ハンブルガーバーンホフで、やってくれないかなぁ。 ヨーゼフ・ボイスの、脂を使った作品の隣で眠ってみたい。モナ・ハトゥムのベットの作品とかでもいいけれど(悪夢を見そうだ)。 それとも、キーファーの鉛の飛行機の下とか?
もしくは、自然科学博物館の、恐竜の骨の下か。

シュミットさんに、日本語の子守唄の楽譜を送る約束をしたので、ぜひ提案してみよう。



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