ベルリンに来てから、初めは東西の壁について、それから旧東ドイツの政治や生活、そこから広がってポーランドやチェコ、スロバキア、ロシアなどにも興味が湧いてきました。また、ベルリンだからなのか、ロシア人のクラスメイトなどを通してロシアについて見聞きすることも多くなりました。
今回は同じ大学に在籍していたロシア人アーティストElena Kovylinaの展覧会、"Komitee Rotes Heim" を紹介したいと思います。この"Komitee Rotes Heim" というのは彼女がサンクトペテルスブルグに設立した、慈善施設。彼女にとっては『困窮している隣人、人間らしい生活をする最低限の要求を満たし助けること』なのだそう。このパフォーマンスを始める前から施設を設立し。そこでパフォーマンスを行っていたとか。
展覧会の写真より。
マクドナルドが象徴的。

Elena Kovylina
場所はUdk

彼女 はモスクワとチューリッヒのアートアカデミーで学び、ベルリン芸術大学(Universitaete der Kuenste)ではレベッカホーンの元に2年。その間にSchloss Solitude というシュトゥットガルト近郊の古城を使ったアーティスト・イン・レジデンス施設で1年間奨学生をやりながら、多数のパフォーマンスや展示を精力的にこなしています。
同じ大学とは言っても、私は彼女の知り合いではないのですが、パフォーマンスのビデオをハンブルグの短編ビデオコンクールで見たことがあり、それにとてもショックを受け、いつまでもその作品が頭に残っていました。
その作品は『Walzer (ワルツ)』。彼女が大学のオープンアトリエの日に行ったパフォーマンスです(何度も各所で行っている様)。マレーネ・ディートリッヒの曲が流れる中、強いお酒(ウォッカ?)が入った20個余りのグラス、それと同数の勲章が机に並んでいます。そこにドレスとハイヒール、濃いめのお化粧をした彼女が現れ、ウォッカを飲み、グラスを床に叩き付け、パートナーを選び、踊ります。そして踊った後、見せびらかすように勲章を胸につけるのでした。勲章が増えるにつれ、酔いが回り、足元がおぼつかなくなる彼女。転倒した後立ち上がり再び踊ったあと、最後の盃を自から飲み干し、出ていくのでした。
見ている間、自分がまるでお酒を飲み、ぐるぐると踊っているような奇妙な実感があり、目が釘付けでした。

さて今回の展覧会"Komitee Rotes Heim"。
実の所、パフォーマンス終了後に会場に到着してしまったのですが、会場のギャラリー、K& S は半地下なので小さなドアをくぐり降りて行くのですが、入ったとたん、ツーンとするような、甘いような、こもった匂いがしました。
彼女のパフォーマンスというのはビニールで作った囲いの中で、彼女はずーっとビニール袋に入れたセメダインを吸い、その横で男の子が2人、つかみあいの喧嘩をし、最後に彼女が『やめてよ!!!!』と叫ぶ、というものだったそうです。最後にそのビニールの囲いに赤いスプレーで家を描き、その匂いも混じって会場の人達は半分中毒状態。









彼女がモスクワの駅付近でストリートチルドレン達にインタビューをしたビデオ(左上写真)もあり、それを見ていると、彼等の多くがビニール袋にいれた何かを吸い込み、とろんとしていたり、言い争いをしていたり。パフォーマンスでは、彼等の様子を演じたわけです。家の中には、ストリート・チルドレンのインタビューのメモがドイツ語訳されて貼られていました。
それはこんな感じです。

 

上:ギャラリーの中にころがっているセメダイン。
ビニールの家はRotes Heimの名の通り

赤くライトアップされていた。
下:赤スプレーで描かれた家。

名前は?: オレグ。
いくつなの?: 12歳。
何してるの?: 袋吸ってる。
親はどう思うかな。親はいるの?親に追い払われた?憤慨してるんじゃないかな?: そんなことないさ。彼等は別に怒ってない。落ち着いているくらいだよ。
恐い?: ううん。
どこで寝るの?: どこでも。寝られるとこなら。
家に帰ることあるの?: 一月にいっぺん。
自分が病気だと思ったことは?: ないよ。
劇を演じてみたいと思う?: うん。
どんなのをやってみたい?: ・・・・。

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名前は?: サシャ。
いくつなの?: もう18歳。
道に住んで長いの?: もう4年になるかな
どこに親はいるの?: 90年まで一緒に居たけど、死んだんだ。その後は寄宿舎にいたけど、養子として引き取られた。そう、別の親。こっちの方は97年まで一緒にいたけど、また俺を寄宿舎に預けたんだ。
何か問題が?: 彼等は俺を使って金を作りたかっただけだったんだ。
どうやって?: 市は養子に対して引き取り先に金を払うんだ。
家族無しで生きるのはつらい?: ま、一般的には辛いんじゃないの。
君達はこうやって、家族みたいに集団で暮らしているけど、連帯感ってある?生きていくのは簡単?: まあ、ある程度はより楽になったと思う。
劇を演じてみたいと思う?: もちろんさ。俺たちはこれからアートに取り組んでいくんだ。

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俺はミーシャ。ただ言いたいのは、もしこのフィルムを政府が目にすることがあったら、彼等はストリートチルドレンに触れてはいないのだってことを知らねばならないという事。これは俺らの人生だけど、ここに住んでいることは、俺らの責任ではなく、俺らの両親の責任だって。その上、政府は俺らの問題から金を作っているんだ。
いくつなの?: 17歳。
他に言いたいことはある?学校に行ったことは?: 7年生まで終えたよ。もっと勉強したかったけど、運命は俺に許可しなかったんだ。
続けることはできるの?: 俺はただ普通の運命が欲しい。そういう風に生きたいんだ、誰からも邪魔されない風に。
もし万が一、政府がこのビデオを見ることがあるならば、俺は言いたい。『邪魔をしないで下さい、俺達が自分達の人生を進めていくのを。あなたは俺達の問題で私腹を肥やそうとしていくでしょう、俺達の問題から金を稼ぎだしているのでしょう。』
ま、プーチンが本当にこの問題について考えているというなら、モスクワのストリートチルドレンは今みたいじゃないだろうね。


セサミストリートに出てくる可愛い女の豚の人形(マクドナルドのおまけ)で遊ぶ。





彼女の作品は、いつも何かギリギリの所で作られている感じがします。そして非常に攻撃的な感じがします。彼女自身ががけっぷちに立ち、そしてこっちにも切り付けてくるような感覚があるのです。だから見ていても見ていられないような、でも目を話せない感じがあるのだろうと思います。
それは彼女の祖国であるロシアの状況と関係があるのかもしれません。生死の問題と直面する機会が多く、また表面的な理論でもって理不尽な扱いをうける事が多い人が何かを表現しようとする時、自分の体を使ってそのリアリティを伝えようとするのは、とてもよく分かります。

さて、今回テーマとなったストリートチルドレン問題。ロシア政府も、1999年に「未成年者の浮浪及び犯罪防止法」を採択し対策に取り組み、この法律の採択によって、浮浪児の問題は警察から厚生関係の機関及び社会団体に委ねられたとのことですが、上のインタビューを見ても、それはそれほど効果をもたらしていないようです。浮浪児の数は、フランスの”Liberation紙”によるとロシア全土では100万人、モスクワでは1.5−5万人にもなるそうです。ストリートで生きて行くためには窃盗、強盗、売春、麻薬などの犯罪に手をそめる場合も多い様です。警察によると、2001年の1年間に110万人の未成年者(内1/3は12歳未満)を拘束。その拘束の理由は、14.8万件が窃盗、3000件が傷害、1600件が殺人。
ちょうどドイツでもロシアのストリートチルドレンのドキュメント番組などが放映されていましたが、やはり多くの子ども達が、捨て子、親から暴力を受けた、親が刑務所に服役中、親がアル中やドラッグ中毒であるなどの理由により親から離れて育っているようです。義理の父親から虐待され、ひどくやり返したために刑務所に入り、そのあとストリートチルドレンとなった、という男の子をドイツの報道番組で紹介していました。孤児院から学校へ通う子どもも非常に多いのですが、最上級の少年たちは進学・就職など将来への不安が大きいそうです。

さてElena Kovylinaの作った施設、"Komitee Rotes Heim"。ギャラリーに聞いたところ、設立から数年経っているとのことですが、やはり資金繰りに四苦八苦しているらしく、存続はなかなか難しそうだということ。実際どのように運営され、ここでストリートチルドレン達が彼女のパフォーマンスをみ、関わることで何を感じているのかはわかりません。しかし、ベルリンの彼女のパフォーマンス会場でセメダインの甘い匂いに朦朧としながら、モスクワのストリートで彼等のみているリアリティがちょっとだけみえた気がしました。
ベルリン、旧国境検問所で行ったパフォーマンス
ロシア警察の格好をした彼女が通る車全てを検問。

Galerie K & S: S Bahn Hackeschermarkt, U8 Rosenthalerplatz ----- Linienstrasse156/157

Special Thanks to: ロシアなんでも掲示板/ サトーさん、Samovarさん、vodkaさん。
ロシアのストリートチルドレンについてロシア語での検索資料や実体験などをお寄せ頂きました。





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