シュターツバンク。国民銀行の名前があるこの建物は、旧東独時代の銀行でしたが、ベルリンの壁崩壊後、母体である東ドイツの消滅にともない、銀行自体もなくなってしまいました。フリードリッヒシュトラーセからすぐの一等地にあるその銀行の廃墟は、多分文化財保護下にあるのでしょう。壊されることもなく、しかし、一等地ゆえに借り手もなく、放置されていました。
まったくの廃虚だった2000年、音楽文芸家、劇作家、音楽家などが集まった団体がこの建物を借り受け、実験音楽のコンサートや劇、展覧会などが行われるようになりました。最近は音楽団体だけでは持ちきれなくなり、色々なイベント主催者がこの場所を借りているとのこと。私は毎回インフォメーションをもらっているのですが、最近は戦争、テロをテーマにした催しが多く行われているようです。

椅子の背もたれの部分に黄緑透明色の浮き輪が挟まっている、横から見ると花のよう
 さて今回の展覧会はVeronika Witteという“膨らますもの”を素材として使っている作家の展覧会。
友だちから『風船好きで膨らますモノが好きな君にぜひ!』と誘いがかかり、いそいそとオープニングパーティに出かけました。

彼女の現在の作品は既製品の“膨らませるモノ”(浮き輪や膨らませて使うハンガー、ゴムボート、救命胴着)を家具そのものや家具の一部のような木片などと組み合わせて作られたものがメイン。
そういったものに混じって、『近々、新たなバイオテクノロジー処置によってあなたの一部を保存できることになったと想像してみて下さい。身体的なものでも、精神的なものでもかまいません。あなたはその一部に、一体何を選びますか?』という質問を様々な人にして、答えてもらったビデオ、同じような質問が細分化され、それを投票所のようなスペースで答えられるようになっているインスタレーションなどが展示されています。そちらも考え方や、様々な答えを見るのが面白かったのですが、この脹らませたモノ達との関係は?

それは彼女の昔の作品ファイルを見てみると、なるほど、この人はこういう風に考えて来て、現在の作品にいたるのだな、と納得。昔の作品も“脹らませるモノ”ではあるのですが、ラテックス等、人間の皮膚のような素材を用い、からだの一部を模した形を作り、それを観客に実際に取り付け、脹らませてもらう、というもの。
体の一部を似せたものを選び、取り付ける。それを脹らませることで、仮の命を吹き込む。
人工の、体に似たナニカが、命のある所と無い所の間を漂っている。
以前の作品で強かった、肉の感覚、体や性的なものに対する執着は、現在は“すでにある形”を変型させ使用することで、表面的に体に似ている感じが強まり、肉感を持ちながらも、より体の内部に入り込み、細胞や、その脹らませる過程で入った彼女の呼吸した空気などを思わせるものに昇華されている気がしました。
胸やお腹といった体の一部をラテックスで作り、空気を吹き込めるチューブをつけたもの
(c) Veronika Witte
彼女の作品ファイルより。
体の一部分を模した風船(?)式の服は
カーテンで仕切られた
鏡付きの試着室に掛けられていた。

イルカ型の浮き輪を5個、輪につないだものを上下にまたつないだもの 彼女の最近の作品群すべてのタイトルと、今回の展覧会はフランス語で“Ce n'est pas la peine de pleurer”“それは泣くには及ばない”。
旧東独独特の柄の床に、ランプ、合板の扉。その会場に彼女の作品に使われている、合板と既製品のビニール製品のちゃっちい色と素材がよく合い、また、その雰囲気と19世紀風の建物の一部の組み合わせから起こる、奇妙な時間のズレのようなものは、みているだけなのに、こちらの体もそのズレに巻き込まれてしまうような感覚を与えます。
左写真の作品は、イルカの形をした浮き輪を組み合わせ、上下は彫刻を施した台で止めてある作品ですが、眺めていると、この形が、何か、細胞分裂の一部のような気がしてきます。そしてその分裂が、建物全体にひっついているようにみえるのです。これをみているとまた、体の中がぞわぞわするような感覚が。何かの中と外を変なふうに行き来しているような感じです。
この、全作品に共通する奇妙な身体感覚と、建物のもつ歴史、この国営銀行で作られていたお金が、壁の崩壊、東西統一によってまったく無価値の紙切れとなってしまった事などが、このタイトルにオーバーラップして、展覧会と作品、会場の空気をいっしょくたに楽しめました。
彼女にタイトルの意味を尋ねた所『ただこの言葉の無意味なところが好きなだけよ』と言っていましたが・・・・。

Staatsbankでの展示、場所の持ち味を生かすどころか、廃虚の雰囲気に飲まれてしまい、適当な展示にみえてしまうこともあるのですが、今回は、特殊な場所とその場所をうまく使った展示をみることができ、また、空に飛べることが魅力と思っていた風船の別な一面、飛んでいないと、案外、地についたというか、重さと存在感を持った素材なのだな、ということがわかってとても満足し、良い週末だった、と嬉しく帰路についたのでした。
針金を曲げてつくったような下が細い円錐型のランプ
展覧会場入り口周辺。
この形のランプは、
旧東独の市庁舎でも
見かけました。
椅子なども東ドイツ風

Staatsbank: S Bahn Friedrichstr./ U6 Franzoesische str 等 -----




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