ベルリンは東と西だけでなく、様々な人種が集まり、それぞれの文化が継ぎはぎされています。
トルコ人の多い、夜になるとドイツ語が耳に入ってこないような、リトル・イスタンブール、クロイツベルク地区や、ベトナム人の多い地区、外国人学生の多い地区など様々で、 色んな地区ごとにまた開発が進んだり、工事が始まったりして、常に変わっているのでふらりと今まで行っていない方向に歩いてみるとまた面白かったりします。
さて本日、1月22日は、エリゼ条約(フランスと西ドイツ協力条約)締結から40周年の記念日、ドイツはフランスとの友好40周年を祝って盛上がっています

ベルリンには、実は、フランスの影響をうけているところや、フランスの香りを感じられる場所がいろいろ見つかります。そんなものを探してみようと思います。
ベルリナーツァイトゥングにも、特集記事が載っていました。この特集で興味深かったのは“より良いドイツ”と題された記事です。
これは旧東ドイツとフランスとの友好についての記事で、1989年12月、壁の崩壊から一月後の元フランス大統領ミッテランの東独訪問の様子から始まります。

『旧東ドイツとフランスは、まだこれから多くの事を一緒にやる予定なんだ』と当時の旧東独首相モドロウは言い、なんとか東西ドイツの統一を妨げられないかと頑張ってみました。ひとりの市民権運動家は『フランスと東独が統一される方が、ひょっとしてより良いのでははないでしょうか?』と問い、ミッテランは苦笑したとか。フランスにとっては、東独と仲良くしておくことは、西欧で優位に立てることであり、東独があるあいだは、西独を支配することが可能であったので仲良くしていたわけですが、東独もただフランスの左翼と共産党が仲がよいというだけでなく、色々利害が一致して友好を結んでいたのでしょう。旅行が自由にできなかった東独政権下で150もの市などがフランスと姉妹都市関係を結び、数百名の若者がフランスへの旅を許され、フランスからも旅に来る若者達が多くいたようです。これは、旧東独がロシアや東欧諸国とだけ友好を結んでいたと思っていた私には驚きでした。そしてまた、フランスと東独が統一しなくてよかったな・・とも思いました。言葉とか文化とか、まとめるまでに大もめしそうですから。
それから14年。今回の記念日にむけた閣僚会議では、シュレーダーとシラクは顔を寄せあい、手を取り合って、力を合わせて戦争を始めさせないように、ということと、この二つの国の2重国籍を認める方針をアピールしました。



ラファイエットのガラス建築
二重国籍を取りたい人が実際どれくらいいるのかはしりませんが、ドイツでフランスというと、ちょっとオシャレ、贅沢な物のイメージがある気がします。ベルリンの地図を開くと目に入って来る、おフランスの響きのある名前、例えばモンビジュー広場、ジャンダンメンマルクトなどの言葉や場所も、洒落た雰囲気が漂っています。これはプロイセンの時代に、フランスを追われた新教徒、ユグノー達を受け入れたなごりだそうで、ユグノー達の住居の中心であったフランス大聖堂とドイツ大聖堂のある、ジャンダンメンマルクトはヨーロッパの香り高い、石畳にランプの灯る、ムードのある広場、今やこの側にはその名もフランス通りという大通りがあり、フランス資本のデパート“ギャラリー・ラファイエット”や高級ブランドがめじろ押し。
このギャラリーラファイエットでは、ドイツでここにしかない(!)アニエス・ベーの服や、フランスのチーズを種類豊富にそろえ、お菓子、パン、フランス語の本などを、いかにもフランス風に作った豪華な内装の中で売っています。地下1階の食品売り場は売るだけで無く、そこで食べられるようにもなっていて、お菓子の甘い香り、チーズの物凄い匂いが入り交じっています。
しかしこのデパートの見どころはなんと言ってもこの建築。ジャン・ヌーベルという、光を多用する建築家がコンペに出したもので、建物の1階から屋上へ直径26mの円錐形、また1階から地下へと逆円錐形にほりさげられた吹き抜けが建物の中心を貫いています。この円錐形はガラスで上をさらにホログラフィ・フィルムで覆われているので、とにかく建物のどこにいても、ここから発される人工的な虹色が目に入って来ます。
行く度に目を奪われる建築ではあるのですが、こんなに建築にお金をかけて、しかも真中をくり抜いてしまったから売り場も狭くなり・・・。ドイツ資本のモノだったらこんなに不経済で外側を飾るプランはなかなか通らないのでは、と思うのですが、あえてやってしまっているところにフランスの心意気を感じます(?)。例えば同じガラスのドーム状の建築でも、国会議事堂はガラスの上に太陽電池を貼り、電気のコストと環境に優しい作りになっています。こういうアイディアの方がドイツ好みな気がしますね。

しかし、ギャラリー・ラファイエットだけを見て、『フランス人はオシャレでドイツ人は堅実』と判断して良い物でしょうか。

新聞にパリとベルリンの様々な比較と考察が載っていたのでそれを見てみましょう。それによると『ベルリン人は愛が得意ではない』。内容はすごい決めつけで、パリでは人口に対してのカップルの比率が高く(半数以上が離婚してはいるのですが)1000人に対してパリでは4.5のカップル率、ベルリンでは3.8、子どもの数も多いと。これを理由にパリは愛の街とするのはめちゃくちゃだと思いますが、確かにベルリンはカップルが結婚せず、お互いをパートナーとし、一緒に住んだり、もしくは離れて住んで、名前も別にしても両方が仕事をし、子どもを持つという形が多くみられます。また、同性のカップルも多い街ですので、そういうことからも結婚率が低いのはわかる気がします。(ドイツでは同性でも結婚の形は取れますけれど)。
しかし、病院の数の違いにはびっくりしました。それから、映画館の数や美術館の数を見ても、文化施設に関してはやっぱりパリが圧倒的に状況が良いのは本当のようです。パリに行った時もギャラリーが多い地区に行くとギャラリーだらけだったりして、なるほどと思いましたが、中身は別。ちょっとコンサバティブな感じがしました。昔から文化がしっかりしているということが簡単に現代文化の盛り上がりにはつながりません。逆に、ベルリンは古くからの文化がごちゃごちゃなところにこそ現代美術の人達が魅力を感じ、何か新しいことをやれるかも!と集まってくるのです。
しかし味、レストランに関しては・・うーむ、ベルリンの味はどうも洗練されていないのは数に関係があるのでしょうか。
パリ ベルリン
広さ 105 qkm 891 qkm
人口 2,125,851 3,388,434
 誕生 30,465 28,624
 犯罪  311,604 572,272
失業率 116,677 272,307
学生 196,214 148,857
映画館  344 289
美術館 134 146
シナゴーグ 26 7
病院 133 70
パン屋  1,400 261
レストラン  11,541 10,000
美容院 2,845 2,065

相手方の国に対しても見てみましょう。
ワインの輸出量はビールに対し少ない様ですが、ワインの飲み方とビールの飲み方は違いますから単純ではないと思います。値段はワインの方が圧倒的に高いのでしょうからこれも比較しないとわかりませんね。ドイツにもワインの美味しい地区が沢山あります。ぜひ一度お試しあれ。
しかしやはりドイツと言えばビール。ドイツにはビール純粋法とかいうのがあり、混ぜ物をしたビールはビールと認めてもらえません。もともとはバイエルンの領主が15世紀に定めた“ビール純度令”に基づき、大麦、水、ホップ以外のものを混ぜた物はビールでないという決まりです。ドイツのビールはだから悪酔いしないという話もあります。
ドイツ語の曲、フランス語の曲のチャートインですが、ドイツ語は残念ながら近年の大ヒットはなく、KRAFT WERK(クラフトワーク)などが少々流行っただけとか。これはフランスの対独の様子と言うより、ドイツの音楽事情に問題がありそうです。ドイツでは英語はもちろん、フランス語、スペイン語、ヒンズー語などのヒットがあり、盛上がっていますが、自国語のヒットは少なく、今や若い欧米全体での売り上げを望むミュージシャン達は英語で歌うようになっています。
ドイツ語のドイツ音楽はプロモーションビデオの作り方が顕著に他のと違うのが面白いです。とにかく、この曲でどういうイメージを出したいか、何を伝えたいかが重視され、何にに関しても、外側がかっこいいとかカワイイと言うより、中身を重視するドイツらしさをかんじます。
パッケージデザインを見るのが好きな私には、フランスデパートでの小さな買い物が楽しくはありますが。
対独ワインの輸出 対仏ビールの輸出
360,389 hl 1,398,000 hl
ドイツ語の歌のヒット
in フランス 
フランス語の歌のヒット
in ドイツ
チャートイン無し 5位アリゼー
『モワ・ロリータ』





ラファイエットに行くと
つい見てしまう食べ物
と言えば飴。
包み紙がドイツモノに比べ、
とっても凝っていて可愛いのです。
手前のは牛模様、
ミルク缶の形のカップに入っています。




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