オーストリア映画、Slumming。
オーストリア映画って、言われても、ぱっとは、まったくイメージが浮かばない。 古い映画だと、オーストリアとドイツ映画はくくられていることが多いし・・ プレスインタビューで、『これから世界的に評価が高くなっていくはずです』とプロデューサーは言っていたが、がんばって欲しい。
監督は、数多くのドキュメンタリー映画で高い評価を受けるMichael Glawogger 、彼の2作目の劇映画が、この、『Slumming』になる。

インターネットのチャットルームで知り合った女の子に会っては、彼女の顔写真を撮り、携帯のカメラでスカートの中を盗撮。 道行く人にぴったりついて歩いて、その人についての考察を聞こえるように述べる。 トルコカフェーでお茶を飲んで、店の鍵を盗んで外から鍵をかけ、その鍵をどぶに捨てる・・ 何をしているのだか知らないけれど(親が金持ちらしい)、ぴっ かぴかのBMWに乗って、広くてきれいな家に住んで、毎日何をするでもなく人をからかって笑って 遊んでいるようなセバスチャン(August Diehl)と、友達のアレックス(Michael Ostrowski)。 彼等は、雪の降る夜、自称詩人、ぼろぼろに酔っぱらって駅のベンチでぐったりしていた男、カルマン(Paulus Manker)を発見し 、セバスチャンは『ゆかいな』計画を思い付く。
彼を車のトランクに隠してチェコ国境の田舎町の駅前に捨ててこようと言うのだ。
朝になり、寒くて眼をさました彼は、まったく言葉の通じない街にいることに気付き、 なんとかウィーンに帰ってこようとするが、彼のパスポートや身分証明 書はセバスチャンが持っていってしまっていて・・・


(c)Internationale Filmfestspiele Berlin





(c)Internationale Filmfestspiele Berlin

最初のシーン、 カルマンが電車に乗ってぶつぶつと『検察ですー検察ですーチケットを見せて下さいー』とガラガラ声で繰り返すシーンから、 最後のシーンまで、全てのシーンが何かしら、つながりがあり、非常に示唆的だ。
自称詩人カルマンが、書いた詩『我の名前は恐怖ではない・・』という詩や、チェコ国境で、国境警備隊の眼をすり抜けて、 オーストリア側に渡ろうと雪の平原を歩くカルマンの前に、真っ白なお尻としっぽをふって飛び跳ねるバンビ(子鹿)が現れたり(バンビは再度現れる)、 氷の上を飛び跳ねて歩くカルマンが、湖に落ちたところから、なぜか作り物の庭小人(庭に飾る陶器製の小人。 にっこり笑顔につるつる真っ赤のほっぺたが気持ち悪いが、これを庭に飾ったりしているドイツ人は案外多い・・)がぴょこんと現れたり。
どこまで行っても真っ白の平原を歩くカルマンの叫びが、何をしたいのかよく分からない、 つるんとした顔のセバスチャンが、初対面で熱烈に好きになった!と宣言するピア(Pia Hierzegger)にふられて、 ふらりと出かけたインドネシア?のシーンに重なる。

ストーリーが面白いとか、俳優が良かったとかそういうことではなく、1つの作品として言葉を語ろうとしているのが良い。 どこへ行くのか。何が待っているのか。 どこかへ行くチケットを、どこかへ帰るチケットを、自分は見つけられるのか?  そんな疑問をうっすらと漂わせながら、この映画は終わった。耳には、カルマンの、ガラガラした声が今でも残っている。

とはいっても、カルマン役を演じた、Paulus Mankerはよかった。監督業もするオーストリアの俳優だそうで、この映画だけ見ると、怪優にみえるが、えー、 会見にやってきた本人も、うわってくらい味があってぼさぼさ髪に丸顔が、映画そのまんまだった。怪優なのか?他の映画も見てみたい。個人的に、セバスチャン役のAugust Diehl が好きな事もあって、
(ドイツ人にしてはとても平べったい顔の彼は、つかみ所がなくって、いい人を演じると平べったいが、悪い奴を演じると、 心のどこかに深く闇がありそうに見えていい。映画、『Lichter』でも、ずるい男をずるいまま、でもちょっと悲しく好演した)
10点満点で7くらい、かな。

(c)Internationale Filmfestspiele Berlin





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