掲示板でベルリンのパンクな人達について話題になっていたので、ベルリンの駅にたむろしているパンク達について、今回は書いてみたいと思います。
“パンク”と簡単にいつも使っている言葉だったのですが、パンクって本当は何なのでしょうか?
愛用のコンサイス独和でひいてみると“punk”は、『パンク(奇怪なファッションを好む反体制的な若者文化)』とありました。奇怪?
広辞苑には“パンク・ロック”しかなかったのですが、『1970年代、体制化、複雑化したロック音楽への反発から始まった、攻撃的で強烈な音楽』とありました。どうやらキーワードは“反体制”のようです。
さて、反体制を歌うパンカー(パンクな人達)。彼等は、駅、広場等にたむろし、昼間っから安いアルコールですっかりできあがってるのですが、楽しそうではありません。獰猛そうな犬を連れている人が多いのは、野宿するときに暖かいのと、身を守るためと推測されます。ヴァウヴァウ!とみるからに攻撃的な犬と、アルコールの匂い、ビール瓶が割れる音、ダミ声・・ちょっと恐い彼等のたまり場。
彼等の多くが、仕事に就かず、駅や、スーパーの出口に座りこんでいます。出てくる人に向かって『小銭はありませんか・・1ユーロで良いんです』と抑揚の無い口調で話しかけてくる人もいます。
仕事が無い?仕事に就きたく無い?ホームレス?それとも“プチ家出”?親の暴力?人それぞれ様々な理由があるのでしょうが、大きな理由のひとつに、ドイツの学校制度とベルリンの失業率の高さがあるのではないか、と思います。
東西統一してから色々な事が改善されているように見えるけれど、案外旨く噛み合っていない部分が沢山あって、その点はどうなの?って主張が、あの姿なのかもしれません。

アレクサンダー広場にて。
七夕風船プロジェクトで
風船に願いを結び付ける
パンクの子たち

Foto: (c)Eri Kawamura




Foto: (c)Eri Kawamura

ドイツの学校制度は日本の学校制度と違い、一度制度から外れた人はなかなか戻って来られません。日本は、例えば高校を卒業しなくても、大学検定という制度があり、大学は好きな所に入れます。しかし、ドイツは、高校卒業試験(Abitur)は大学入学資格をも兼ねており、これをきっちりこなさないと大学入学試験すらうけられないのです。この試験は2回だけ受験可能で2回落ちると、その先は無し。大学入学資格もないまま、高校から出されてしまいます。2002年の4月に、この試験に2度失敗した学生が、教師を狙って銃を乱射、教師13名、生徒2名、そして本人も自殺、という事件がエアフルトで起こり、『学校制度を見直そう』という動きが起こりました。
ドイツの学校制度というのは、州ごとに違うのですが、まずは、グルンドシューレ(初等学校)に入学し4年間の基礎義務教育を終えた後、大学進学につながるギムナジウムか、技術を学び手に職をつける実科学校、
リアルシューレ、こちらも職業教育が組み込まれている基幹学校、ハウプトシューレに進むか?という進路選択を迫られます。
10才くらいで進路って言われたって・・結局、親の懐具合や、その時の子どもの成績を見て、期待をかけるかどうか、が判断材料に。途中でどうしてもギムナジウムに入って、大学に進みたい!という人には、中途入学試験もあるようですが、難易度が上がります。


この、10才前後で将来、職人なのか、アカデミカー(大学教育を受けた人間の事。“エリート”的な意味も)となるのか、まで決められてしまい、なかなか変更がきかないこの学校制度。学校がイヤになってドロップアウトする人も多いし、いざ、ギムナジウムを無事卒業し、大学に入ったけれど、大学を出ても職につける可能性もなかなか無いし・・・なかなか辛いんですよね。
パンクの人達は、そういう風潮を受け、歪んだ体制に毒づきながら、たむろっているのでしょうか?
東ドイツ時代にのパンクは、ある意味ヒーロー的な存在だったそうです。たしかに、政府の厳しい管理下にあった国の中で、就職せず体制に反対し、皆にならわないというのはよっぽどタフでないとできなかったと思われます。そういった東独時代のヒーローだったというパンクな人達は今はけっこう自分で企業を起こしたりしている人もいると聞きます。それは主義が変わったわけではなく、東西統一後変化した国で自分の主義をどうやって主張するか、考えたすえの解答かもしれません。しかし、今でもパンクをやっている人達は、どんな気持ちをかかえながらしているのでしょう?
今年行った、七夕風船プロジェクト、というドイツ語で七夕伝説を書いた短冊を結び付けた風船を出会った人に手渡して行くパフォーマンスでは、そういったパンカー達のメッカであるアレクサンダープラッツを訪れました。20人程がひなたぼっこをしている所に、ドイツ語の短冊を渡す。『なんだよこれ〜』と言われたので『ここに書いてある話を読んでみて』と返事したら、『俺は学校を12歳で辞めてるから全然読み書きができないんだよ!』とカラカラと笑われて、ガーンとショックを受けました。しかし、哀れを誘う様子はまったくなく、それにちょっと好印象を受けました。彼等の短冊に書いた願いごとをちらりと覗いてみたら『家族の健康』『真実の自由』等と書いていました。『俺らは資本主義に従わないで、本当の自由を勝ち取るんだ』と言って居た彼等。でも自由って?
自由に生きる中で、お金が無いから人から貰おうとするのはちょっと納得がいかないけれど、ストリート車磨き(信号待ちの車に群がって勝手に窓を磨き、お金を要求する)とかやってタフに生きているなら文句なし。
世の中の納得行かない事に、迎合しない。でも自分の始末も自分でやる。それこそパンクの心意気。見た目だけで無く、心の中からパンクな人達がもっと増えてくれると良いなあと思います。
*追記
アレクサンダープラッツは、『ギャラリア・カウフホフ』デパートの大改装に伴い(→関連コンテンツ、アレックスの工事 雰囲気ががらりと変化。トラムの延長工事、噴水周辺には屋台が出され、パンクの人たちがぐだぐだ溜まれる場所は無くなってしまいました。 というわけで、駅の反対側、テレビ塔の下辺りのベンチなどに場所をうつしているようです。(2007年3月追記)

禿げてもモヒカンが
パンクの心意気!?

Foto: (c)Eri Kawamura




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