ベルリンといえば!ラブパレード!ベルリン在3年目ともなるとあまり興味もなくなってしまい、 あーまた酔っ払いの観光客が道に溢れるのか、なんて冷めた気分になってしまうのですが、 2000年、ベルリンに来た時はかなり興奮して楽しんでいました。また、2000年はラブパレード自体がかなり盛り上がった年。 年々ベルリン人は観光化したパレードに興味をなくしていき、今年はまたベルリン市からはほとんど援助が出ず、 毎年厳しくなる警察の介入に、30台のパレード車がやっと出せるラブパレード代表者のDJ、Dr. Motte は 『ベルリンにはラブパレードを本当に望んでいる人間はいないようだ』と発言。 イリーガルな飲食販売、麻薬の横行、パレード後のゴミ回収問題など様々な問題をかかえつつあるラブパレード。 昨年は雨だったこともあり一昨年の半分しか観客が来なかったとか、これからどうなっていくのか少々不安なところです。

今回はまだ私も盛り上がっていた頃の、2000年ラブパレードのレポートと写真をまとめてみました。パレードの熱気と匂いを感じてみて下さい。

今日はラブパレードの日!昨日くらいから パレード会場に近い下宿周辺には頭がピンクやら
顔中ピアスだらけの若者がうろついていましたが、いよいよ今日は本番です。
ふだんは広い歩道と車道である6月17日通りを映画“ベルリン天使の詩”でも有名な黄金の女神がかがやくジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)を中心にかつては東西分離の象徴でもあったブランデンブルグ門からエルンスト・ロイター広場までを パレードの車が行き来するシステム。周りはティーアガルテンという、広い公園。今回はなんと200万人もの人出ですごい盛り上がり

1989年に始まった時は内輪でテクノで踊るというパレードだったらしいのですが、今は まあ、確かにテクノで踊ってはいるけど私みたいな、観光客もたくさん行くメジャーなお祭りになってます。パレードの車は動くお立ち台。、DJと、ダンサーと、そしてカメラマンが乗っていて協賛企業の旗を振ったりしています。




一般人もどんどん
パレード車によじ登り盛り上がる。



アジアンブームのベルリン。
カタカナ?なパレード車

わりと寒い日だったにもかかわらずダンサー始め、多くの人が水着。 女の人はとにかく胸を揺らすのが良いらしく上半身裸の人も随分いましたし、隠すにしてもほんのちょっぴり。 男の人にいたっては電車の中で、警察に捕まらないのか?というような 前に葉っぱ状のものを一枚つけてるだけとか腰に鎖をひと巻してるだけとかの人もいました。 他はビキニの水着が多かったです。からだ自慢なのかも。わりと皆むきむきしてました。
流行りの格好は、日本人の私から見ると、コギャル?というような格好。 厚底のロングブーツかサンダルに、カラフルなフェイクファーのレッグウォーマー、首とか頭には造花。髪の毛とか、 胸、化粧はとにかくラメラメ!ピンクとかブルーのカツラも多かった。後は、天使の羽をしょってたり、頭につのがついてたり。 手錠も流行ってた(なぜ?)。そしてやっぱり漢字Tシャツ。“契”“虹空”“雨千年”“東京愛性交街”“食”“幸運”など ・・・?

混み混みのラブパレードをなんとか脱出してほんとのテクノファン、そしてメジャーな物に反対する動きのひとつとして(?) 始まったらしいファックパレードに向かいました。全く同じ時間帯に、ギャラリーなどがあるMitte(ミッテ)地区を横切るパレード。小ぶりのトラックにDJと、 そしてその音楽を愛好する人たちと思しき人達が乗ってコアな感じの選曲で踊っていました。服装も黒いTシャツ、スニーカー、とシックな装い。
こちらはそこそこの盛り上がりで、道ぞいの家の窓で人が踊ってたりステレオを窓に貼付けて音楽を流してたり、わりと個人的に楽しんでそうでした。

*付足
2004年から、ラブパレードはベルリンでの開催が無くなり、ラブ・ウィークとして開催するなど 色々な段階を経て、今年はケルンでの開催が予定されていました。しかし、ケルン市から、突然援助を断られたらしく、また開催は不明に・・。 ラブ・パレード主催者が、とってもルーズな人らしく、スポンサーを集めたのに、スポンサーとのミーティングに何時間も遅れてきて、結局お金をもらえなかった 等、えええっ?というような話があり、2006年、オーガナイザーも一新。 ロゴも一新して開催されたようですが、再びダメになったのですね。
個人的には、見るにしろ、参加するにしろクリストファー・ストリート・デイの方が見応えがあり パフォーマンスとしても、エンターテイメントとしても楽しめると思います。 (2007年、5月筆)




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